歌手活動

嬉野市のイメージソングを作りました


平成30年3月、地元嬉野市をPRする為に(嬉野夢咲き音頭)と言う曲を作りました。
作詞も作曲も私、岸川美好です。
歌も私が歌っております。
詩の内容は、嬉野のお湯と特産物のお茶、そして陶器の紹介です。
また、市内の見所、四年後に開通する長崎新幹線の案内など嬉野の素晴らしさを書き
ました。
当初は、三番までの詩でしたが、少し物足りなく感じましたので五番までの曲にしま
した。
曲のイメージは昔ふうの音頭物で盆踊りに受けそうな感じの曲です
他に百歳ぐらいはあたりまえ ようこ 母さん守ってやってくれの四曲です。
いずれの作品も作詞 作曲は今回、全て私が作りました。
百歳ぐらいはあたりまえと言う曲は人生百歳時代を迎えて高齢者の人に元気で長生き
してほしいとの思いでつくりました。
ようこと母さん守ってやってくれは結婚50周年の記念曲で妻への感謝の思いで書きま
した。
今回、二つのCDを作りました。
一つは ようこ 母さん守ってやってくれ 嬉野夢咲き音頭 百歳ぐらいはあたりま
えの四曲入り(カラオケ付き)で1200円で販売します。
枚数は1000枚作りました。
もう一つのCDは嬉野のイメージソングの嬉野夢咲き音頭と百歳ぐらいはあたりまえの
二曲入りのCDです。
このCDは、市内を中心に無料で配る目的で11000枚作りました。
当初は5000枚を予定していましたが嬉野の市民の人に出来るだけ多く配りたいと思い
思い切って11000枚作りました。
嬉野市は今から12年前に嬉野町と塩田町が合併して嬉野市が誕生しました。
当時は、嬉野町の人口が18000人、塩田町が12000人で合計で三万の市でした。
所が、年々人口が減り現在は27000人の市になりました。
人口が減った一番の原因は若者が働く場所が少ないために県外に就職する人が多く年
々人口が減少しています。
嬉野市はお茶と陶器と温泉の町です。
特に、温泉は日本三大美肌の湯と言われとても素晴らしいお湯があります
温泉街には、70軒の旅館やホテルがありとても賑わっていました。
以前は、九州はもとより全国から沢山の観光客で街に活気がありました。
旅館も大小合わせて70軒以上あり年間200万人以上の.お客様で賑わっていました。
街の中心には、本通り商店街がありおみあげ店やパチンコ屋さんヌードスタジオス
ック 飲食店などあり、温泉街の雰囲気がありました。
平日でもユカタ姿のお客様が夜遅くまでゲタをカランコロンと鳴らしながら歩いてい
ました。
嬉野温泉は九州でも指折りの陥落街で芸子さんも200名以上おられました。
ソープランドも14軒ありいずれも1時間待ちと言う繁盛ぶりでした。
ところが、長引く不況の影響で観光客が減少して嬉野温泉に来られるお客様が半分以
下になりました。
また、以前はどこの旅館でも宴会が毎日ありましたが現在は宴会をするお客様が少な
くなり旅館でのお酒の売り上げが少なくなりました。
宴会が少ない為に芸子さんを呼ぶお客様も減り今では15名の芸子さんしかおられませ
ん。
本通り商店街も半分以上はシャッターが閉まっておりとても寂しい町になりました。
今は、韓国 中国 台湾などからのインバウンドのお客様で少しは潤っていますがこ
のインバウンドのお客様がいつまでつづくかは分かりません。
後四年すると長崎新幹線が開通して嬉野に新幹線の駅が出来ます。
私が一番心配しているのが新幹線が来るのは良いのですが嬉野を通りすぎて長崎に行
ってしまうのではないかと言う事です。
私は、新幹線が開通する前に何かアクションをおこさなければ折角新幹線が来ても単
なる通過駅になってしまうのではないかと心配しています。
終点の長崎には沢山の素晴らしい観光名所がありとても魅力のある町です。
私は、今こそ嬉野の魅力を全国に伝えて一人でも多くの人に嬉野に来て頂きたいと思
い今回嬉野をPRする為に嬉野夢咲き音頭を作りました。
歌の力は創造以上に大きくヒットすると全国から沢山のお客様が来てくれます。
過去にもまったく無名の地区が歌のヒットにより沢山のお客様が来て町が栄えたとい
う話をよく聞きます
平成30年6月15日午後1時よりカラオケアロマにて、嬉野夢咲き音頭の新曲発表会を開
催しました。
当日は、地元のケーブルテレビや嬉野市の企画課の方が取材にこられて開催の様子が
放映されました。
今回、地元の方に二つの曲の入ったCDをお配りする為に11000枚のCDを作りました。
配り先は、嬉野市の市役所の職員さん老人会の会員さん全員 婦人会 旅館ホテル
飲食店 銀行 病院 踊りの会などです。
また、全国のラジオ局や踊りの会などに配りました。
幸い多くの人から喜んで頂き約一か月で11000枚のCDがなくなりました。
そして、6月の末にあと19000枚を注文して合計で3万枚のCDを作りました。
このCDが人の手から手に渡り全国に広がり嬉野市に一人でも多くの方が来てくださる
事を心から願っております。
尚、いずれの曲もユーチューブで聞く事が出来ますのでぜひ、ユーチューブでも聞い
てくださいませ。

また、通信カラオケ(ジョイサウンド)には、平成30年7月22日に入りますのでカラオ
ケでも歌ってくださいませ。

「嬉野夢咲き音頭」作品への思い
作詞 作曲 歌 岸川美好
この作品は、平成30年6月、私 岸川美好が五十年間お世話になりました地元嬉野市
への感謝と恩返しの意味で作りました。
詩の内容は、お茶と温泉と陶器の町嬉野町と歴史とロマンの塩田町をイメージした作
品で町のPR曲になればとの思いで作りました。

一番の歌詞は日本三大美肌の湯として、全国的に有名な、湯の町嬉野温泉の泉質を紹
介した詩で、肌に優しく、つるつる すべすべのお湯は心も身体も温めてくれる嬉野
温泉の宝のお湯の紹介です。

2番の詩は観光資源の豊富な嬉野市塩田町には、平安朝きっての歌人として名高い和
泉式部を記念しての和泉式部公園や絵付け体験など出来る志田焼の里や白壁づくりの
塩田津の紹介、また、塩田町の夏祭りでの花火大会など紹介しています。

3番の詩は人情あつい嬉野市の人柄を紹介した詩で、まさに人情産地嬉野の最高の人
的資源の紹介です。

4番の詩は周囲を山に囲まれ歴史とロマンの嬉野町は湯煙ただよう宿場町です

5番は嬉野の名物のお茶と特産品の焼き物 そして、美肌の湯が旅のお客様をもてな
しています
また、2022年に開通する新幹線が全国から多くの夢と希望を運んできてくれるのでは
ないかとの期待を込めての詩です。

曲は温泉地にもっとも相応しく若者からお年寄りまで多くの皆様にしたしみやすい音
頭物にしました。
初めて聞く人も心がうきうき踊りたくなる様な曲にしました。
この曲が嬉野の市民に愛され人と人を繋ぐ曲になり、嬉野市のイメージ曲になる事を
心より願っております。

嬉野夢咲き音頭
作詞・作曲・歌 岸川美好

1、佐賀の 嬉野 来てみてごらん
日本 三大 美肌のお湯が
一度 浸かれば つるつる肌に
二度 浸かれば すべすべと
三度 浸かれば 長生き出来る
ほんに 嬉しい いで湯の町よ

2、夜空を 彩る 大輪の花は
夏の 風物 塩田の花火
和泉 式部の 逸話を尋ね
絵付け 体験 志田焼の里
白壁 づくりの 塩田津歩きゃ
心も なごむ 塩田の町よ

3、人情 厚い 嬉野町は
心も 身体も 温めて
人に 優しい 人情産地
人と 人とが 触れ合って
明るく 楽しく 夢があり
そんな 町です 嬉野町は

4、山に 囲まれ 静かな町は
歴史と ロマンに 支えられ
長崎 街道 宿場町
町に 流れる 嬉野川に
茶摘 娘の 歌声が
八十 八夜の 若葉も香る

5、お茶と 陶器と 美肌のお湯が
旅の お方の 心を癒やす
待ちに 待ってた 新幹線が
日本 列島 各地から
夢と 希望を 運んでくれる
ここは 嬉野 夢咲く町よ

百歳ぐらいはあたりまえ」 作品への思い
作詞 作曲 歌 岸川美好
この作品は、平成30年6月、私 岸川美好が高齢者の方に生きがいを持って元気で長
生きして頂きたいとの思いで作りました。

1番の詩は現在我が国の平均寿命は男性も女性も八十歳を超えて百歳時代を迎えよう
としています。
平成30年の4月時点で我が国の百歳以上の高齢者の方は67000人おられます。
まさに、百歳ぐらいはあたりまえの時代に成ってきました。
そんな時代を象徴した曲がこの作品です。
歌の出足の文句が八十 九十はまだまだひよこと歌っております。
百歳ぐらいはあっと言う間に越えられるとも歌っております

二番の詩は この世とあの世を分ける三図の川があります
早く来いと呼ばれてもまだまだ早い 後でゆっくり行くからと言っております。

三番の詩は過去の自分の人生を振り返ったら悲しい事や苦しい事が沢山ありました。
そんな悲しみや苦しみを心の中から取りのぞきこれから先の人生を明るく楽しく送っ
て行きますと言っております。

四番の詩は、百になってもまだまだいける
百は単なる通過点と言っております。
そしてこれから二度目の青春時代を迎えます。
そして、これから先の人生を社会の為に使って行きますと宣言しております
そして、共に元気で長生きしましょうねと結んでいます。

この作品は、今の日本を支えてくださった全国の高齢者の方へ感謝の心で作りました

そして、百歳を目指して元気で長生きしてほしいとの願いを込めて作りました。

百歳ぐらいはあたりまえ
作詞・作曲・歌 岸川美好

1、八十 九十は まだまだひよ子
百に 成ったら 一人前よ
男も 女も 百歳ぐらい
あっと 言う間に 越えられる
長生き 秘訣は 毎日の
心の 持ち用で 変わります
百歳 ぐらいは あたりまえ

2、この世と あの世は 三途の川で
あっちと こっちに 分かれてる
三途の 川には 渡し舟
船が 出るよと 呼んでいる
船に 乗ったら 戻れない
あとで ゆっくり 行くからと
閻魔様に 伝えてね

3、自分の 人生 振り返ったら
いろんな 事が ありました
悲しみ 苦しみ 悔しい事は
心の 中から 取りのぞき
これから 先の 人生は
明るく 楽しく 感謝して
百歳 目指して 生きてゆく

4、百に なっても まだまだいける
百は たんなる 通過点
これから 二度目の 青春時代
残った 日々を 社会の為に
使って 生きます 恩返し
人生 百歳 時代です
元気で 長生きしましょうね


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