歌手活動

岸川美好の二つの目標


私は今年の2月で70歳に成ります。
子供のころから目が悪くいつもできないやれないと言い訳ばかり言っていた子供時代
でした。
そんな私の人生を大きく変えたのが(16歳の時)昭和39年11月11日に開催されました
、第一回パラリンピック(東京)での男子100メートルの陸上競技の金メダル受賞で
した。
この金メダルが大きな自信となりそれまで全てに後ろ向きでした私の心が前向きにな
り何でもチャレンジできるようになりました。
その後の人生いろんな事にチャレンジしてきました。
そして、実現してきました。
今、私にとって二つの目標が実現出来ていません。
一つ目はNHKの紅白歌合戦の出場です。
二つ目は、嬉野市長に当選し、嬉野に全国から沢山のお客様に来て頂き、活力ある嬉
野市を作る事です。
どちらも、とても困難な目標ですが男としてとてもやりがいのある目標です。
一つ目の目標、NHKの紅白歌合戦の出場を目指したのは、平成12年6月で春びよりと雪
どけの二つの曲をキングレコードから発売し新曲発表会の日に、紅白歌合戦の出場を
目指しました。
NHKの紅白歌合戦の出場は全ての歌手の夢でとても困難な目標です。
特に、地方の歌手にとってとても厳しい目標です。
私はその困難にあえてチャレンジし平成14年1月15日より95日かけて長崎から東京ま
での1300キロを妻と二人で署名を頂きながら歩きました。
幸い全国の皆様より四万人の署名を頂NHKの放送センター(東京)に紅白出場のお願
いに行きました。
あれから15年たちましたが、まだ、実現していません。
二つ目の目標は地元嬉野市の市市長に当選し、嬉野市を活力ある町にする事です。
今年(平成30年)1月14日嬉野市長と市会議員の選挙があり市長選挙に立候補しま
た。
三期市長をしておられた谷口太一郎市長が引退されて新人二名の選挙に成りました。
いずれも素晴らしい方でどちらが市長になられても良いと思っておりましたが一つだ
け納得いかない物があり選挙の告示の一週間前の1月6日の朝、市長選に立候補する決
心をしました。
妻に相談しましたら初めは反対しましたが私の志を理解してくれて力強い応援者にな
ってくれました。
告示から一週間前の立候補で準備も何も出来ませんでした。
運動員も後援会も無く選挙のプロもいなく全て素人集団の選挙でした。
他の候補者は四年前から準備をしておられ表は全て固まっていました。
そんな悪条件は知っていましたが他のお二人の候補者に任す事が出来ないと想い無理
を承知で立候補しました。
理由は他の候補者が観光に対してあまり本気では無いような感じがしたからです。
嬉野市は佐賀県と長崎県の県境で日本三大美肌の湯と言う素晴らしい歴史のある温泉
地です。
周辺には有田焼きや祐徳神社など素晴らしい観光資源があり以前は年間200万人以上
の観光客があり旅館も70軒以上あり本通商店街もとても活気がありました。
ところが、現在は70軒以上あった旅館が30軒以下に減り商店街もシャッターが閉まっ
ている店が多くなり休前日でも人通りの無い寂しい町になってしまいました。
後4年後、嬉野に待望の新幹線の駅が出来新幹線が走ります。
今こそ、嬉野の魅力を全国に発信して、新幹線の駅が出来た時、一人でも多くの方に
嬉野に降りていただく為に頑張らなくてはなりません。
私は50年前に嬉野に来て元気のある嬉野を知っています。
当時に比べてとても寂しくなっており何とかしなければならないと想い自らが市長に
成り、全国に嬉野をPRする広告塔になろと思い無理を承知で立候補しました。
結果は落選しました。
でも、落選しても公約は変わりません。
選挙の為の公約では本当の公約とは言えません。
例え、市長に成れなくとも活気のある町を作ると言う公約は変わりません
その為に、これからも以前に増して嬉野のPRをして行こうと想っております
平成30年1月22日あらためて、岸川美好の二つの目標(NHKの紅白歌合戦の出場)と(
嬉野市長に当選)の目標にチャレンジします。


コメントを残す

*