歌手活動

平成29年はこんな年でした


平成29年はこんな年でした
今年もいろんな事がありました。
1月と2月に 岸川歌謡選手権をカラオケアロマで開催しました。
岸川歌謡選手権とは岸川美好の作品のコンテストで参加者全員が岸川美好の作品を歌
う大会です。
エントリーした人は20名以上おられて皆様とても上手で審査が大変でした。
数名の審査委員の審査の結果第一位第二位第三位と順位が決りました。
コンテストで入賞した人はとても喜んでおられましたが入賞できなかった人はがっか
りしておられとても気の毒な感じがしました。
人の歌を審査するのはあまり良いものではないので2月でコンテストをやめて3月から
は月齢の発表会にしました。
月齢発表会は毎月第二土曜日の昼12時から開始して参加者全員が自分の好きな曲2曲
を歌う大会です。
これなら審査をしなくて良いので皆様とても楽しそうに歌っておられます。
毎回20名から二十数名の方が参加されておられます。
皆様、毎月新しい歌を歌っておられます。
一番嬉しいのが私の作品を皆さんが歌っておられる事です。
例えば、4月は 雪どけ 5月は 人生 6月は 春びより 7月は 二人三脚夫婦旅
8月は 湯の町嬉野しのび宿と毎月私の歌を歌われておられます。
毎月三分の二が同じミサんで三分の一が新しい人です。
3月から始めましたので今年は10回行いました。
来年も毎月第二土曜日の昼12時から開催します。
1月から新曲のアルバム作りを始めました。
昨年も岸川美好デビュー17周年の記念アルバム16曲入りのアルバムを出しましたが今
年も16の作品を作りました。
今回は、私が12曲、妻の岸川洋子が2曲 弟子の林 進一が2曲吹き込みました。
主な曲は岸川美好が(悲しみの札幌) 岸川洋子が(おかみ) 林 進一が(博多屋
台のおやじ)と言う曲でした。
悲しみの札幌と博多屋台のおやじの二曲は北海道の作曲家の小松だ哲夫先生が作曲を
されました。
それ以外の14曲は私 岸川美好が作曲をしました。
作詩は全て私の作詩です。
アレンジはいずれも東京の先生にして頂きました。
ここで、私の作詩 作曲のやりかたを紹介します。
作詩は音声のワープロを使って書いております。
作曲はギターで行っております。
私は音符を書く事が出来ませんのでギターを弾いてICレコーダーに録音して作ってお
ります。
録音したメロディをパソコンのメールで東京のアレンジャーの先生に送って作って頂
いております。
できあがりましたらメールで送って頂いて練習をしました。
16のアレンジが終わったのが4月の初めで、5月に福岡のスタジオでレコーディングを
しました。
発売はケーミュージックで5月24日に4枚のCDが発売されました。
4月インプランドの治療を始めました。
平成11年、佐賀市の歯科で歯の治療をしました。
お陰で十数年間良かったのですが今年4月に上の歯が全てダメになり上の歯が総入れ
歯に成りました。
通院していた歯科の先生にインプランドはできませんかと相談しましたら自分の所で
は出来ないが福岡の歯科なら出来るかもわからないので一度行ってみてくださいと言
われました。
翌日、福岡のインプランド専門の歯科に行きました。
診察を受けた結果とても難しい治療ですが出来ない事はないと言っていただき治療を
お願いしました。
実は、以前治療していた歯科にインプランドの相談をしましたらあなたのは出来ない
と言われていました。
インプランドをするにはインプランドのビスを埋め込むのに10ミリの骨がないと出来
ないと言われていました。
ところが私の場合1ミリしかないので無理と言われていました。
ですからインプランドの事はあきらめていました。
でも、あれから十数年もたっているのでひょっとしてできるかもと思い聞いてみまし
た。
福岡の歯科はインプランド専門でとても高度の技術があり出来ますと行ってください
ました。
ところが、インプランドをするには高額の費用と期間がかかるといわれました
ちなみに治療費は4300000円、期間は約1年と言われました。
確かに4300000円は高額でしたが私にとってはお金より出来る事が嬉しくてぜひ、や
りたいと想いました。
妻に相談したら一も二もなくやればと言ってくれました。
そして、その日に申し込みをしました。
早速、その日から治療が始まりました。
その日の治療はレントゲンとCTの撮影、そして下の歯の抜歯でした。
この日から福岡までの通院が始まりました。
嬉野から福岡に行くには高速バス約2時間、列車なら約1時間半かかります。
通院の回数は最低でも十数回かかるといわれましたが妻が連れて行ってくれると言っ
てくれましたので行く事にしました。
私にとって治療費の4300000円はとても大きなお金です。
インプランドの治療は保健が全くききませんのですべて実費です。
その為にとても高額の治療費がかかります、。
そこで、私は自分なりの計算をしました。
あと何年いきれるかと計算しました。
現在69歳ですので90歳まで生きたとすればあと21年、4300000円を21年で割ると一日
約560円になります。
100歳まで生きたとすれば一日約380円になりたばこを一日一箱すった計算になります

そう想えば4300000円はそんなに高くないと想いました。
従って治療費の元をとる為に100歳まで生きる決心をしました。
今年最後の治療は12月26日に行ってきました。上に5本のインプランドのビスが入り
ましたので来年1月の治療の時に上に歯が10本ぐらい入るとの事でした。
全ての治療が終わるのは4月ぐらいになりそうです。
本当に一年かかりました。

7月からそばと温泉とうふの店(草庵 きしかわ)と言う店を始めました。
今迄、武雄市のカラオケアロマ武雄店をやっていました場所でそばと豆腐の店をオー
プンさせました。
武雄のカラオケ屋さんは嬉野にアロマ嬉野店を作った為にお客様が減りましたので、
そばのお店にしました。
主なメニューは冷たいそば、暖かいそば、温泉とうふ、牛丼、ステーキなどです。
また、駐車場に足湯を作り食事を食べにきた人や一般の人に足湯を開放して利用して
頂いております。
足湯の大きさは7名から8名ぐらい入れる小さな物ですが中身のお湯が良くとても喜ば
れています。
初めは料理を作る男性のスタッフがいましたが理由があり料理を作るスタッフがいな
くなり妻の洋子が料理の担当になり毎日頑張っています。
お客様は多くは一元さんで旅の途中に食事に立ち寄って食事をされる方が中心です。
営業時間は昼11時から午後3時までで昼の時間だけの営業です。
本当は夜も営業したいのですがそばは昼の物で夕食にそばを食べる人はあまりいない
ようです。
そこで考えたのがステーキで250グラムのジャンボステーキです
私はステーキが大好きでいろんな所へステーキを食べに行きました
いずれも120グラムぐらいのステーキで少し物足りない感じがしていました。
きっと他の人も120グラムのステーキでは満足していないと想い倍の250グラムのステ
ーキにしました。
値段も120グラムのステーキの値段にして250グラムのステーキを出しています。
まだまだPR不足であまりお客様は多くありませんがこのぐらいがちょうど、いいと妻
は言っています。
初めて、食べ物屋さんをやりましたがなかなか難しい様です。
いままで、マッサージの治療院、カラオケ屋さんと材料のいらない業種でしたので材
料の仕入れなどありませんでした。
ところが、食べ物屋さんは材料の仕入れや残り物が出てかなり難しい事をしりました

7月 私の作品(人生)がダムの通信カラオケに入りました。
現在、歌のヒットは通信カラオケに入らないと人が歌ってくれません。
特に、ダム(第一興商)に入らないと人が歌いません。
幸い、昨年から私の曲がダムに5曲入りましたので皆様よく歌って頂いております。

現在、私の曲は、雪どけ 春びより 人生 湯の町嬉野しのび宿 二人三脚夫婦旅の
5曲ですが来年の初めには、あと数曲入る予定です。
8月 念願の日本作曲家協会に入会しました。
日本作曲家協会は最も歴史のある音楽の団体で初代会長は古賀 政男先生で現在の会
長は弦 哲也先生です。
審査が厳しくなかなか入会できませんでしたがお陰で入会する事が出来ました。
ちなみに、会員は全国で500名ぐらいです。
8月に入会し9月の日本作曲家協会の創立60周年の記念パーティー(東京の定刻ホテル
)にも参加させて頂きました。
また、10月開催の日本作曲家協会の研修旅行(熱海 後楽園ホテル)にも妻と二人参
加させて頂きました。
研修旅行には100名以上の有名な作曲家協会の先生方が参加しておられ親しくお話さ
せて頂きました。
今迄、作詩を中心に行ってきましたがこれからは作曲にも力を入れていい作品を作り
たいと想っております。
10月東京の女性の歌手(古家裕子)さんに頼まれ愛再びと言う曲を発売しました。
この作品は男女のリュエット曲で古家さんの要望で作詩と歌を歌いました。
とてもムードのある作品で今迄の私のイメージと違った曲になりました。
8月20日に東京のレコーディングスタジオで吹き込みをしました
そして、10月に全国発売になりました。
10月日本作詞家協会の詩のコンテストの応募がありました。
今回が初めての企画でメロ先と言うコンテストです。
通常、詩を先に書いて、その後作曲をするのですがこのコンテストは曲が先に出来て
おりそれに詩を当てはめる変わった企画です。
作品数は15あり15の作詩をしました。
作詩の期間は約一ヶ月で15の作詩をしました。
通常は作詩が先ですので歌詞の字数はあまり気にしなくて作っていましたが今回はメ
ロディーが先でしたので字数も制限されとても作りにくかったのは事実でした。
締め切りは平成30年3月末ですので来年の1月ぐらいに作詞家協会に送りたいと想って
おります。
一つでもいいのですがコンテストに入賞できたらと願っております
今年の最後のイベントは嬉野医療センターへの10日間の入院でした。
ぎ膜性腸炎と言う病気で入院をしました。
来年2月で70歳、49歳 59歳 69歳と年の節目は少し体調を壊しやすい時期と聞いて
いました。
69歳で病気をしましたのでこれで70歳を迎える事ができそうです。
来年(平成30年)1月26日から北海道に歌のキャンペーンに出かけます。
曲名は今年5月に発売しました(悲しみの札幌)のキャンペーンです。
悲しみの札幌は北海道の札幌で一人で頑張っている夜の女性をテーマとした作品でと
てもムードのある作品です。
作詩は私岸川美好で作曲は北海道札幌の作曲家(小松だ哲夫先生)の作品で歌は私岸
川美好が歌っています。
この作品は北海道の札幌の歌ですので札幌で広めてきたいと想っております。
来年は北海道から全国に広がる事を願っております。
こんなふうで今年もいろんな事にチャレンジしました。
来年も今年以上に頑張っていきたいと想っております。
今年もいろんな人に助けて頂き心より感謝致しております。
今年お世話になりました全ての皆様に心よりお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。


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