歌手活動

平成30年はこんな年でした


今年は、1月からいろんな事がありました。
まず、生まれて初めて選挙に立候補した事です。
その選挙は嬉野の市長を決める市長選挙でした。
1月6日の朝、突然、ベットの中で市長選挙にでようと思いました
そして、妻に話しましたがあっさり、ダメと言われました。
それから5分後に妻がやりなさいと言ってくれました。
これで、私の市長選挙の出馬が決まりました。
選挙の日程は1月14日がスタートで21日が投票日です。
スタートまで一週間しかありませんでしたがなんとか間に合いました。
結果は落選でした。
当然の結果です。
今回、私を入れて三名の人が立候補しました。
お一人は藤山さんと言われる方でもう一人は村上さんと言われる方でした。
今回、今までの市長が引退されましたのでどちらも新人の候補者でした。
いずれも、四年前から準備しておられ、事実上の一騎打ちでした。
そんな中に突然私が立候補しても上がるはずは.ありません。
勿論、そんな事は私にも判っていましたがどうしてもあきらめる事が出来ずに落選覚
悟で出馬しました。
投票日の夜11時に落選が決まりました。
落選は覚悟していましたが落選が決まった時少しがっかりしましたがすぐに元気にな
りました。
むしろ、よくできたと思いました。
落選を恐れて、出馬せずにモヤモヤしているより立候補できた事に本当に良かったと
思っております。
私が頂いた票は415票でした。
何も準備できなくて選挙を戦ったわりには、沢山の票を頂いたと感謝しております。
私は、落選が決まった1月21日の夜11時に次の選挙に出馬する決心をしました。
今回は、準備の期間が一週間しかありませんでしたが次の選挙まであと四年あると思
い、新たな決意をしました。
選挙が1月21日に終わり、休む間もなく1月26日から札幌に歌のキャンペーンに行きま
した。
このキャンペーンは前年度から決まっており、一週間の予定でした
初めは妻の洋子と行く予定でしたが税金申告の締め切りが近づいておりどうしても行
く事が出来ず、妹の清子につれて行ってもらいました。
1月25日に大阪から嬉野に帰って来て翌日、福岡空港から日本航空の飛行機で札幌に
行きました。
今回のキャンペーンは(悲しみの札幌)と言う曲のキャンペーンで北海道の小松田さん
と言う作曲家の先生が作曲されました。
作詞は勿論私で歌も私が歌っております。
この曲の入ったサンプルCDを3000枚作り札幌で配る作戦でした。
26日の夜8時から私と妹の清子と作曲家の小松田先生がCDを持って札幌の繁華街(すす
きの)のスナックをキャンペーンに行きました
約、3時間歩いて200軒のスナックを回りました。
雪の中、とても厳しいキャンペーンでした。
翌日もその翌日も重いCDの入っているリックを背中にかかえてスナックやカラオケ喫
茶など周り約2000枚のCDを配りました。
そして、1月31日に帰宅しました。
それから、一週間後、札幌の人から歌のキャンペーンに来てほしいとの連絡を頂き2
月再び札幌に行きました。
キャンペーンの先は自衛隊のob会で200名の懇親会の舞台でした。
今回は、孫の伊藤真輝につれて行ってもらいました。
お陰で少しづつ歌も広がっている様です。
6月嬉野のPRソング(嬉野夢先音頭)と高齢者の応援曲(百歳ぐらいはあたりまえ)そし
て、私たち夫婦の結婚50周年の記念曲(ようこ)・(母さん守ってやってくれ)の四曲
入りのCDを作りました、。
いずれの曲も、わたくしが作詞作曲し歌も私が歌っています。
今回作りました四曲入りのCDアルバムは販売用として、1000枚作りました。
また、嬉野市のPRの為に作りました嬉野夢先音頭と百歳ぐらいはあたりまえの2曲入
りのCDを3万枚作り無料で全国に配りました。
主な配り先は、全国のラジオ局・踊りの会・福祉施設などです。
また、地元嬉野市や周辺地区に配りました。
さすがに、三万枚は、すごい量でした。
費用もかなりかかりましたが配るのも大変でした。
おかげでいろんな人に手伝って頂き半年で三万枚配る事が出来ました。
主な配布先は、嬉野市の福祉施設 老人会 婦人会 商工会の青年部 その他個人団
体など
です。
また、嬉野町の花火大会や塩田町の盆踊りの会場で配りました。
また、嬉野の踊りの団体 藤間流の先生が嬉野夢先音頭に振付をしてくださり嬉野の
芸者さんが嬉野の文化祭やお祭りで踊ってくださり嬉野のPRが出来ました。
8月嬉野夢先音頭 百歳ぐらいはあたりまえ ようこ 悲しみの札幌の四曲が通信カ
ラオケのジョイサウンドに入りました。
11月今年二回目の作品が出来ました。
曲名は(あねさん女房) (博多の女)(時代遅れ)(笑う門には福来り)の四曲です。
あねさん女房は夫婦演歌 博多の女は 博多で生きている夜の女性 時代遅れは 不
器用な男の生き方 笑う門には福来り お祝いの曲で 思った以上の作品に成りまし
た。
11月、平成29年に作りました(悲しみの札幌)が待望のダムの通信カラオケに入り
ました。
この作品は私が作詞して、北海道札幌の作曲家(小松田先生)が作曲をして歌は私が歌
っております。
とてもムードのある曲で少しづつ歌う人が増えています。
今年は、8曲の作品を作りましたが、来年は20曲を目標にしています。
現在、21曲の作詞と作曲が出来ております。
そして、アレンジの為に東京に送っています。
おそらく来年の春には21曲のアレンジが出来て来ると思います。
今年は、8曲でしたが来年は20曲以上のレコーディングが待っていますので頑張っ
てゆこうと思っております。
こうして、今年は初めての選挙、歌作りといろんな事がありました
今年の1月に初めての市長選挙 そして落選といろんな経験をしました。
今年の選挙をリハーサルと思い次回の選挙に役立てたいと思っております。
三年後の選挙の為に自分自身を磨いて人様から信頼される人間になる事を誓って平成
30年を終わります。
岸川美好


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