岸川美好物語

岸川美好物語 第十五章 偉大なる盲導犬アロマとの生活

偉大なる盲導犬アロマとの生活

身体障害者補助犬法のPR

私が盲導犬の街頭募金を初めてしたのが、平成15年6月16日、JR佐賀駅の南口でした。
この日は、この年の10月より施行される身体障害者補助犬法のPRを目的とした、全国ツアーの出発日で佐賀県知事を訪問する日でした。
午前8時45分嬉野町役場で出発式をして頂き、佐賀駅に行きました。
午前10時30分から約3時間、JR佐賀駅前で盲導犬育成支援の為の街頭募金をしました。
佐賀駅には、佐賀市の三名のお友達が応援に来てくださいました。
募金も62373円も集まり、最先良いスタートでした。
実は、私達この全国ツアーで三つの想いを持っていました。
一つ目は、前谷47の都道府県知事にお会いして身体障害者補助犬法の周知徹底をお願いしバリアを取り除こうと思っていました。
二つ目は、出来るだけ多くのマスコミに取り上げて頂き盲導犬の事を一般の人へ理解してもらおうと思いました。
三つ目は、各県の主要な場所で盲導犬の街頭募金をおこない盲導犬の育成資金を集めようと思いました。
全国ツアーの二日目は、長崎県の金子知事への表敬訪問で知事にお会いした後JR長崎駅で募金活動をしました。
街頭募金で一番難しいのが、募金をする場所の確保です。
どこでするにしてもまず許可を貰わないとする事が出来ません
簡単に、許可をくれる所もあればなかなか許可をくれない所もあります。
JR長崎駅は、なかなか許可を貰う事ができず本当に困りました。
結局づいぶんねばってようやく許可を貰い募金活動をしました。
三日目は、福岡県の知事を表敬訪問し、その後福岡市の中心の天神(岩田屋前)で街頭募金をしました。
四日目は、沖縄県で那覇市の国際通りの三越百貨店前でしました。
通常、募金活動は、昼間の明るいうちにするのですが、この時だけは夜9時から12時までしました。
沖縄は、夜でも人通りが多く、募金も沢山あつまりました。

47の都道府県で盲導犬の街頭募金

こんな調子で47の都道府県で盲導犬の街頭募金をしました。
募金の場所は、デパートの玄関前、JRの駅前、駅前商店街、地下鉄の改札口、スーパーの玄関前などいろんな所でしました。
どこも初めて行く所ばかりで事前に許可を貰う事は出来ず、いきなり飛び込んで行ってお願いしました。
幸い、どこも気持ち良く許可を出してくださり募金活動をする事が出来ました。
募金箱に入ったお金は、毎日郵便局に持って行きました。
全国ツアーの最後の県は、島根県で8月13日でした。
島根県庁で知事の表敬訪問を終え、全国ツアー最後の街頭募金をJR松江駅でしました。
ツアーがおわり、郵便局の通帳の残高を見ますと1880000円ありました。
その事をお友達の福岡市の大島修治さんにお話しましたらよく頑張った、折角だから200万円にしようと言って12万円を送ってくださり、、200万円の大台にのせる事が出来ました。
この時の全国ツアーでの募金活動がきっかけとなり本格的に街頭募金をする事になりました。
それからは、暇さえあれば募金活動に行っていました。
街頭募金の場所は、県内のショッピングセンターや映画館などでしました。
その頃、盲導犬クイールと言う映画が上映されており佐賀大和のジャスコの映画館で一カ月間ありました。
私達は、その映画館にお願いして募金活動をさせてもらいました。
皆さん、盲導犬の映画を見て感動して出てこられます、その出口の所に本物の盲導犬アロマが待っています。
そして、私達が募金のお願いをします。
皆さん映画に出てきたクイールとアロマをだぶらせて募金箱に募金を入れてくださいました。
結局映画館には十回以上行きました。
その後、大和のジャスコで一週間毎日募金活動をしました。
ジャスコの玄関前で募金活動ょをしていますと武雄市からこられた親子づれの人とお友達になり募金活動を手伝ってもらう事になりました。
こうして一人、二人とボランティアの人が出来て、盲導犬育成支援の会ができました。

十頭の盲導犬を贈るという目標

翌年には、頂いた募金が450万円になり、嬉野の公会堂で盲導犬育成資金の贈呈式をする為に盲導犬フェスタをしました。
平成17年からは、毎年、有田の陶器市に一週間行きました。
有田陶器市は、毎年4月29日から5月5日までの七日間で全国から100万人以上の人が来ます。
私達は、有田町役場の前で募金活動をさせてもらいました。
募金の額も毎年増えてきました。
毎年、陶器市を楽しみに来られる人も多く、おなじみさんも増えてきました。
私は、盲導犬の募金活動を始めた時、十頭の盲導犬を贈ろうと目標をたてました。
そして、毎年盲導犬1頭分の育成資金150万円を財団法人九州盲導犬協会に贈りました。
そして、平成23年5月、目標の盲導犬10頭分の育成資金1500万円を財団法人九州盲導犬協会に贈る事が出来ました。
平成15年6月より約8年間、多くの日々を盲導犬の支援活動にあて、多くの人と出会い人様の優しさを実感しました。
また、私達の活動に共感して沢山のボランティアの人に支えて頂きました。
特に、子供たちが長い時間街頭に立って募金活動を手伝ってくださいました。
私はこの活動を通じて盲導犬の育成支援は勿論の事ですがそれ以上、に子供たちが盲導犬の募金活動を通じて人様の役に立つ喜びを感じた事は子供たちの心を育てる事につながったのではないかと想いました。
盲導犬の育成支援と会わせて青少年の育成支援の役に立つ活動だったと想います。
こんな、大きな役割を果たした盲導犬アロマは本当に偉大なる盲導犬でした。

私達夫婦に沢山の感動を与えてくれたアロマ

平成23年5月、盲導犬10頭分の育成資金(1500万円)を集めたアロマは盲導犬のお仕事を終えて私の手元を離れて子供時代育てて頂いた鹿児島のパピーウォーカーさんの所へ行きました。
平成23年5月16日、嬉野小学校の体育館でアロマの引退式と盲導犬10頭目の育成資金の贈呈式を行いました。
当日は嬉野小学校の子供たちに見送られ素晴らしい引退式をする事が出来ました。
アロマの最後の姿を撮影する為に新聞社の人やテレビのカメラが沢山こられました。
改めてアロマの存在の大きさを感じました。
また、当日は九州盲導犬協会よりアロマを九州盲導犬協会の功労犬に認定して頂きました。
アロマとの生活は約8年間ととても短い期間ではありましたが本当に充実した日々を過ごす事が出来ました。
妻も自分の子供以上にアロマを可愛がりアロマも私以上に妻になつきアロマから沢山の感動を貰いました。
そんなアロマも平成24年10月2日静かに天国に帰って行きました。
アロマ12歳と7ヶ月でした。
アロマは私達夫婦に沢山の感動を与えてくれました。
また、全国のアロマのファンに微笑みと感動を与えてくれました。
アロマ本当にご苦労様でした。そして、ありがとうございました。
次に生まれ変わる事ができましたらまた、私達夫婦の子供に成ってください。

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