岸川美好物語

岸川美好物語 第十四章 盲導犬アロマとの出会い

アロマとの出会い

我が家に、素晴らしいパートナーが来ました

平成14年12月21日、我が家に、素晴らしいパートナーが来ました。
名前は、盲導犬のアロマです。
出身は、財団法人福岡盲導犬協会で、牝の一年八ヶ月の可愛いワンちゃんです。
盲導犬になるには、優しいパピーウォーカーさんの愛情と、厳しい訓練士さんの訓練を受けて、はじめて盲導犬になる事ができます。
約、一ヶ月間の共動訓練を終え、アロマと我が家に帰って来ました。
早速、嬉野町の谷口町長に、ご挨拶に行きました。
嬉野町にとって、盲導犬がくるのは初めての事で、大歓迎されました。
そして、アロマに日本初の住民票を交付して頂き、嬉野町の町民に認定されました。
犬が、住民票をもらうのは、日本で初めての事でとても珍しく、全国ニュースになりました。
そして、盲導犬アロマとの生活が始まりました。

母親のベリンダとアロマ。

母親のベリンダとアロマ。

平成15年10月に施行された「身体障害者補助犬法」

当初、盲導犬がいるとどこにでも、好きな時に好きなところへいけると期待して盲導犬をもらったのですが、逆に盲導犬がいる事で、いけなくなったところも沢山ありました。
それは、盲導犬の入店拒否と言う新たなバリアでした。
実は、平成15年10月より、このバリアを取り除く為の法律「身体障害者補助犬法」と言う、ありがたい法律が施行されました。
ところが、PR不足の為に折角のありがたい法律もあまり知られていませんでした。
私は、折角の素晴らしい法律を全国の人へ知って頂きたいと思い、盲導犬普及の為の全国ツアーを思い立ちました。
そして、妻へ相談しました。
妻は、長崎、東京徒歩の旅の時と同様に、「いこういこう」とあっさり言いました。

まだ子供のアロマ。

まだ子供のアロマ。

盲導犬普及の為の全国ツアーがスタート

そして、半月後の平成15年6月16日、佐賀県を振り出しに、盲導犬普及の為の全国ツアーがスタートしました。
参加者は、妻とアロマと私の三名です。
嬉野町役場で出発式をして頂き、第一番目の目的地の佐賀県庁へ行きました。
佐賀県庁では、古川知事にお会いして、身体障害者補助犬法の周知徹底をお願い致しました。
知事は、私達の活動を評価してくださり、全国の知事に私達の紹介をしてくださり、活動がスムーズに行きました。
二日目は、長崎県庁に行き、金子知事にお会いし、身体障害者補助犬法の周知徹底をお願いしました。
長崎県庁には、長崎ライオンズクラブの皆様も同行して頂き、盲導犬の事をお願いしました。
その後、福岡県・沖縄県・熊本県・鹿児島県・宮崎県・大分県と九州八県を訪問して、本州にはいりました。
活動は、各県の知事にお会いして、身体障害者補助犬法の周知徹底をお願いする事です。
また、各県の主要な場所で盲導犬の街頭PRと街頭募金をする事です。

訓練センターにいた頃のアロマ。4週間の共同訓練で一緒に過ごした時期。

訓練センターにいた頃のアロマ。4週間の共同訓練で一緒に過ごした時期。

盲導犬育成支援の会「アロマ基金」を設立

二ヶ月間の全国ツアーを終えて、平成15年8月15日佐賀県に帰ってきました。
この間、約8500キロ、47の都道府県を妻が一人で運転をしました。
また、各地での盲導犬の街頭募金で頂いた育成費も200万円を突破しました。
私は、10年前から、盲導犬の支援をしていましたが、この時をきっかけに、本格的に盲導犬の支援をする様になりました。
そして、盲導犬育成支援の会「アロマ基金」を設立し、盲導犬の募金活動を積極的におこなう様になりました。
また、県内外の小中学校へ行き、盲導犬のふれあい学習をしました。
学校では、はじめて見る盲導犬に、子供達は本当に喜んでくれます。

我が家に来て15日目のアロマ。

我が家に来て15日目のアロマ。

 盲導犬のふれあい学習

今まで、私もいろんなところから、講師で呼んで頂きました。
依頼先は、さまざまでした。
でも、対象は、大人の人が中心です。
でも、盲導犬のふれあい学習は、ほとんどが小学校ですので、小さなお友達が沢山できて、とても楽しい気分になりました。
これも、盲導犬アロマのおかげです。
また、盲導犬の事を知って頂きたいと想い、盲導犬ソングも沢山つくりました。
そして、いろんな歌手の人に歌って頂きました。

嬉野町(現:嬉野市)の町長・谷口様から町民愛犬証をもらい、嬉野町民になりました。

嬉野町(現:嬉野市)の町長・谷口様から町民愛犬証をもらい、嬉野町民になりました。

盲導犬フェスタin 嬉野を開催

平成16年6月より、地元佐賀県のバリアを取り除く為に盲導犬普及の為の県内一周ツアーをおこないました。
勿論、参加者は、妻とアロマと三人です。
県内49の全ての市町村を訪問し、身体障害者補助犬法の周知徹底をお願いしました。
また、訪問地の小学校で盲導犬のふれあい学習をおこない、沢山の、お友達もできました。
平成16年12月、アロマ基金の最大のイベント、第一回盲導犬フェスタin 嬉野を嬉野町公会堂で、開催しました。
当日は、全国の人より頂きました盲導犬三頭分の育成費[450万円]を財団法人福岡盲導犬協会に寄付しました。
また、私達の想いを理解して頂き、佐賀県知事 古川 康様のご講演も頂く事ができました。
そして、沢山の人に支えて頂き、盲導犬の育成支援のお手伝いをさせて頂いております。
今、妻と盲導犬アロマ、そして沢山の人に助けて頂き、改めて自らの幸せを感じております。

アロマ2歳の誕生日、妻の洋子ととどろき公園に行きました。

アロマ2歳の誕生日、妻の洋子ととどろき公園に行きました。

家族の支え

子供の頃、目が見えない事を、大きなハンデと思い、全ての事をマイナスに捕らえ、いつも、できない、やれないと言い訳ばかり言っていました。
そして、自分が世界一不幸だと思い、悲劇の主人公を演じていました。
でも、15歳の時、いやいや行った盲学校で、自分より不自由な人が沢山いる事を知り、生まれて始めて「自分は恵まれている」事にきづきました。
そして、少しだけ、感謝できる様になっていきました。
また、第一回パラリンピックでの金メダル受賞が大きな自信になり、それまで全ての物から逃げていた私が、チャレンジ出来る様になりました。
そして、妻との運命的な出会いがあり、妻、洋子との二人三脚の人生が始まりました。
妻は、目の悪い私の目になり、杖になり、今日まで支えてくれました。
子供のころ、母が口癖のように言っていました。
「私が生きているうちは、いいけど、もし、私がいなくなったら、この子はどうなるの」と心配していました。
でも、妻が、母の代わりをしてくれて、何もできない私を支えてくれています。
そして、ここまで、二人で来る事ができました。
私達夫婦、これからも、夫婦二人三脚で夢のある人生をおくっていきたいと思っております。

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