岸川美好物語

岸川美好物語 第二十二章 アロマと最後の学校訪問


私が初めて人前でお話したのは昭和47年24歳の時でした。
  その頃、大阪の整骨学校に通っており、同級生の方より大学でマッサージの講
演をしてほしいと頼まれ大学に行きました。
  この同級生の人は、私よりかなり年上の人で京都教育大学の先生で大阪の整骨
学校に来ておられました。
  私が講演に行った大学は、この方が勤務している京都教育大学で将来学校の先
生に成る人の学校でした。
  約1時間マッサージの理論をお話して講演は終わりました。
  私にとりまして生まれて初めての経験でとても緊張しました。
  でも、同級生の人は、とても良かったと言ってくださり、ほっとしました。
  おそらく私が自信を失わないように記づかいしてくれたと思います。
  その後、この先生の接待で夕食を頂き大阪のアパートに帰ってきました。
  次の講演は、平成5年45歳の時、佐賀の経営コンサルタントの先生の事務所開設
の記念行事で私の生き方や考え方を1時間半お話しました。
  演題は「だれかが助けてくれた」と言う演題でお話しました。
  そしてこの講演がきっかけとなり、自分史「だれかが助けてくれた」と言う本
を出版しました。
  それからは、年間20回以上の講演依頼がありました。
  その頃の講演先は、企業、団体などでした。
  平成14年、盲導犬アロマとの生活が始まり、盲導犬のふれあい学習会の依頼が
増えてきました。
  特に、平成16年に佐賀県49の市町村の首長を訪問した時に県内の小学校を訪問
して盲導犬の学習会をしました。
  前の年は、盲導犬普及の為の全国ツアーでは、各県の知事にお会いして盲導犬
のバリアを取り除く活動をしました。
  そして、全ての県で盲導犬育成支援の為の街頭募金をしました。
  県内ツアーでは、各市町村の首長にお会いして盲導犬の事をお願いする事と各
市町村の小学校で盲導犬のふれあい学習会をしました。
盲導犬のふれあい学習会は、二時間で初めの一時間は、私の体験談と盲導犬の現状な
どをお話しました。
  二時間目は、盲導犬とのふれあいタイムで、目隠しをして盲導犬との体験歩行
などしました。
  学校によっては、全校生徒が対象の学校や三・四年の生徒だけを対象の学校も
ありました。
  子供達は、初めて見る盲導犬とのふれあいを本当に楽しみにして待っていてく
れていました。
  私は、いつも学習会の最後は、子供達にアロマを触らせていました。
  子供達にとりまして盲導犬とふれあう事は、とても良い記念になると思ったか
らです。
アロマは子供たちからいくら触られてもじっとしていました。
おそらく私の役にたちたいと想っていたのでしょう。
ある時、どこかの小学校に講演に行った時、500名以上の生徒がいたのでお話だけで
会場を後にしました。
  すると会場にいた子供達が盲導犬を触る事が出来ずガッカリしていました。
  おそらく、子供達は、盲導犬にふれる事が出来ると期待していたと想います。
  私は、この時の子供達の想いが身体で感じましたのでそれから先は、どんなに
生徒の数が多くても盲導犬とのふれあいの時間を作りました。
  私は、盲導犬と共に小学校を訪問をして子供達に、盲導犬の事や障害者の事を
お話出来て本当に良かったと思いました。
  これから先の日本を支える子供達が盲導犬のふれあい学習を通じて人にも動物
にも優しい心が育ってくれればきっと良い日本になるのではないかと思いました。
  そして、改めて盲導犬を貰って本当に良かったと思いました。
  なぜなら、もし盲導犬がいなければ私が小学校や中学校に講演に行く事はあり
ませんでした。
  盲導犬アロマがいたから子供達ともふれあう事が出来、子供達の想いを感じる
事が出来ました。
  ですから、私にとりまして盲導犬はたんなる道案内の為だけではなく、知らな
い人との橋渡しの役割をはたしてくれた最高のパートナーでした。
  今、私の体験から言わせてもらうと、盲導犬を使っているユーザーの人は、出
来るだけ時間をつくって学校を訪問して盲導犬のふれあい学習会をやってほしいと思
っております。
  そして子供達の優しい心を育ててほしいと想っております。
アロマが私の所に来て約八年たちました。
この間、100ヶ所以上のステージや学校訪問をしました。
ステージではアロマが私を舞台の中央に案内して私の歌が終わるまでおとなしく待っ
ていました。
歌が終わりますと私をステージから楽屋に誘導してくれました。
普通の盲導犬は視覚障害者の道案内だけでよいのですがアロマの場合、ステージへの
案内と言う特別の仕事がありました。
そんなアロマの最後の仕事が嬉野小学校でのアロマの引退式でした。
当日は、アロマの最後のお仕事をカメラにとりたいとの想いで沢山の新聞記者の人や
テレビ局の人が取材にきました。
子供たちは最後のアロマのお仕事を見て涙を流す子供たちもいました。
私は、アロマの体からハーネス(盲導犬の体に付けている用具
)をはずしました。
そして、アロマに(八年間、私の目となり杖となり誘導してくれてありがとう、私と
妻の心の支えになってくれてありがとう、今日から、普通の犬に戻って思い切り遊ん
でください)と言いました。
そして、鹿児島からアロマを迎えに来てくださいました老犬ボランティアの方にリー
ドをわたしました。
老犬ボランティアの方は私からアロマのリードを受け取って会場の出口の方に進んで
ゆこうとされましたがアロマはその場所から動こうとしませんでした。
おそらくアロマも私との別れが嫌で動かなかったのだと想いました。
私は、アロマの体を優しくさわってやってアロマにありがとう幸せになってください
とつぶやきました。
アロマも何度もふりかえりながらボランティアの方の車に乗りました。
妻は、大きな声で(アロマ戻ってきて)と大きな声で叫びました。
妻の言葉にその場におられたみなさんの目にも涙がありました。
私達夫婦にとりましてとても辛い一日でした。
それから一ヶ月後、妻と二人で鹿児島のアロマに会いに行きました。
勿論、アロマの好物のおやつを沢山持っていってやりました。
アロマのめんどうをみてくださっているボランティアの方が鹿児島駅まで迎えに来て
くださり車でアロマの住んでいるお宅に行きました。
玄関を開けると同時にアロマが飛びついてきました。
とても興奮していました。
私に飛びついて顔をなめました。
次に妻の顔をなめまくっていました。
約五分ぐらいこんな状態が続きました。
ようやくアロマの興奮がおさまり奥の部屋に入る事ができました。
そして、
アロマの大好きなおやつをやりました。
アロマは美味しそうに食べていました。


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